あのトラウマ映画『マタンゴ』に学ぶ、ついやってしまう“不合理な選択”
人は、損をしたくない気持ちと利益を得たい気持ちのどちらを強く感じるのか?
リスクを前にした意思決定のクセを、明らかにしたのが プロスペクト理論 です。
トラウマ映画として名高い東宝特撮の名作『マタンゴ』(1963年)には、この理論が示す人間の不合理な行動が凝縮されています。
人は必ずしも合理的には 動かない
プロスペクト理論とは、「人は利得より損失の方をずっと重く感じる」という、人間特有の判断のゆがみ(バイアス)を説明する理論です。
ダニエル・カーネマンとエイモス・トヴェルスキーは「人は合理的に判断するはず」という従来の期待効用理論を覆し、行動経済学という新しい領域を切り開きました。
人はある基準(参照点)からどれだけ離れるかによって、損失か利得かを判断します。
一般的に、1万円もらう喜びより、1万円失う痛みのほうが 2〜2.5倍(平均2.25倍)強く感じられるとされています。
- 人は利得より損失を重く感じる(損失回避)
- 損失の痛みは利得の喜びの約2〜2.5倍(平均2.25倍)
- 判断は「参照点」からのズレで決まる

人は“損失回避・参照点依存・価値判断の歪み”の3つが働き、合理的ではない選択をしてしまうのです。
『マタンゴ』に見るつい選んでしまう“まちがった行動”
東宝特撮映画『マタンゴ』では、無人島に漂着した若者たちが、奇妙なキノコを見つけます。
これが唯一の食糧。しかしそのキノコは“一口でも食べればキノコ人間になってしまう”という禁断のキノコ。
期待効用理論では、最も安全で合理的なのは、救助隊が来るのを待つことです。
それでも彼らは、極限状態の「飢え」という損失を避けようとするあまり、禁断のキノコへと手を伸ばしてしまいます。
若者たちの行動には、プロスペクト理論の特徴がそのまま表れています。
- 損失回避
飢えという“目の前の損失”を避けたい気持ちが強く働く。人間性を失うという“はるかに大きな損失”より今の飢えを優先 - 参照点依存
基準点は「生き延びること」。“飢え”を強い損失として感じる - 価値判断のゆがみ
損失の方を重く感じるため、飢えの苦痛を過大評価し、未来の破滅的損失を過小評価
極限状態では、今の苦しさから逃れるために、大きなリスクを取ってしまうのです。
プロスペクト理論を知った上で『マタンゴ』を観ると、この映画が描く“恐怖”は単なる怪物ではなく、人の心の中にある不合理性であることに気づかされます。
- ダニエル・カーネマン『ファスト&スロー あなたの意思はどのように決まるか? 』(早川書房)

