キットカットが受験生のお守りになるまで

キット、サクラサクよ

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受験生のお守り

あなたが受験生の頃は、お守りといえば、なんと言っても“神社のお守り”が定番。験担ぎの勝負メシは、“カツ丼”や“カツカレー”でした。

今日では『キットカット』が、受験生の3人に1人が受験前に購入、5人に1人が試験会場に持参するなど受験に欠かせない“お守り”として受験生の心の支えになっています。

キットカットが、なぜ“受験生のお守り”というブランドを確立したのでしょうか?

九州発「きっと勝っとお」

2000年代のはじめ、ネスレ日本は、九州の方言「きっと勝っとお」(絶対に勝つよ)が、『キットカット』と同じ音であることから、九州で自然発生的に“受験生のお守り”として広まっていることや、ある予備校の出陣式で講師が『キットカット』を配っているという事例を耳にします。

『キットカット』のメインターゲットは、チョコレートを最も消費する10代の中高生です。中でもストレスとプレッシャーを抱えている受験生は、キットカットの世界共通のコンセプトである“Have a break”を、もっとも必要としています。

ネスレ日本は、“キット、サクラサクヨ。”をコンセプトに、これらの消費者の間で発生している現象を全国に広げようと「全国の受験生の不安に寄り添うプロジェクト」を企画します。

受験生応援キャンペーン

ネスレ日本の社長、高岡浩三(1960-)は、著書『ゲームのルールを変えろ!』の中で当時を振り返ります。

もし試験会場の前で「キットカット」をサンプリングしたら、メーカーのプロモーションであることは見え見えだ。キットカットを受け取った受験生は「チョコを貰えてラッキー」という程度にしか受け取らないだろう。商業主義の悪印象を与えてしまえば受験生にも喜ばれない。

ネスレ日本単独では、大きな動きは起こせないが、他業界とコラボすれば大きく飛躍できるのではなかろうか?
と高岡浩三は考えます。目を付けたのは、ホテル業界。受験シーズンに東京のホテルでのサンプリングを思い立ちます。

たった2軒のホテルから始まった

受験シーズンになると、地方の受験生は、1週間近くホテルに泊まり込み、複数の志望校の受験に臨みます。受験生は、受験のプレッシャーと、慣れない土地でのホテル暮らしで、大きなストレスを抱きます。

そこで高岡浩三が考えついた企画は、受験当日の朝、ホテルから受験会場に向かう受験生に、ホテルのフロントスタッフから「頑張ってくださいね」と励ましの声を掛けて『キットカット』を渡してもらうという企画です。

ホテルのフロントスタッフが、受験生に励ましの声を掛けることは、受験生の宿泊先であるホテルの価値を高めることにも繋がります。

『キットカット』(モノ)を介して、受験生の不安を和らげベストコンディションで本番に臨むという価値(コト)を提供することができる画期的なプロモーション企画でした。

しかし多くのホテルは「それは御社の販促手段でしょ?なんでわざわざ私たちがメーカーの手伝いをしなければならないのですか?」と、この取り組みの価値を十分に理解せず断りました。

そのような中、ネスレ日本の趣旨に賛同したのは『京王プラザホテル』と『新宿ワシントンホテル』の2軒のみ。後にスイスのネスレ本社が「ジャパンミラクル」と称賛した『受験生応援キャンペーン』は、2002年1月、たった2軒のホテルから、静かに始動します。

大きく動き始めた『受験生応援キャンペーン』

“無事、合格しました。ホテルのご厚意は、一生忘れません”

キェンペーンを展開した2軒のホテルには、ホテルを利用した受験生から感謝に溢れた言葉で綴られた手紙が大量に届き、『受験生応援キャンペーン』が話題になりました。

翌2003年には、趣旨に賛同するホテルが急増し、現在では、300軒以上のホテルで『受験生応援キャンペーン』が展開されます。

『受験生応援キャンペーン』は留まるところを知らず、受験生を試験会場に運ぶ「鉄道会社」や「タクシー会社」、受験生から願書を預かり大学に届ける「郵便局」にまで広がります。

2019年には、東京メトロとYahooとの提携により、受験生を迷わず試験会場の正門まで案内する無料ナビサービス『サクラサク ルートナビ』を実施し、『キットカット』と『東京メトロ24時間乗車券』をセットにした『受験生応援パック』を販売しました。

2009年1月には、民営化した郵便局と提携。毎年『キットカット』に応援メッセージを書き添えて郵送できる『キットカットメール』を全国の郵便局で発売し、頑張る受験生を応援しています。

2020年の受験シーズンには、お守りを作ることができる『キットカット ミニ 受験生応援パック』を発売しました。

「受験生応援」という新しい市場の創出

ネスレ日本は、1月から2月のチョコレート市場に於いて、バレンタインデー以外の商機を見い出しました。

『キットカット』の成功に触発された他社が『受験生応援キャンペーン』を行います。受験シーズンに、スーパーに“受験”を切り口にした売り場が作られるようになりました。

ネスレ日本の『受験生応援キャンペーン』は食品業界に新しい需要を創出し、市場に変化をもたらしたのです。

『受験生応援キャンペーン』は、成功事例としてマーケティング界の第一人者フィリップ・コトラーの著書『コトラー、アームストロング、恩藏のマーケティング原理』に、取り上げられ世界に紹介されました。

ネスレ日本の顧客に寄り添うマーケティングが結実し、『キットカット』は、受験だけではなく、大切な人に応援や感謝の気持ちを伝えるお守り=コミュニケーションツールとして親しまれています。

参考資料

フィリップ・コトラーほか『コトラー、アームストロング、恩藏のマーケティング原理』(丸善出版)

高岡浩三『ゲームのルールを変えろ!』(ダイヤモンド社)

西口一希『実践 顧客起点マーケティング』(翔泳社)

テレビ東京『カンブリア宮殿』(2017年9月28日)