所有欲を刺激し、収益を最大化する戦略的手法
保有効果の本質
保有効果とは、バイアスの一つで、人が自分の所有するものに高い価値を感じて手放したく感じる心理です。
例えば、新しいスマートフォンが登場しているにもかかわらず、古い携帯電話を使い続ける人々がいるのは、彼らの心の中で古い携帯電話の価値が実際の価値よりも高く感じているからです。 人が物を手放す際、その価値を購入時の2倍以上に感じます。ちなみに、携帯電話を保有し続ける心理には、スマートフォンの操作に対する不安(現状維持バイアス)も働いているといわれます。 企業にとって、お客様が商品に愛着を持ち、長く使用していただくことは、嬉しいことです。 しかし、「これでは商品がなかなか売れない」というジレンマが生まれます。 行動経済学の権威 リチャード・カーネマン(1934-)、エイモス・トヴェルスキー(1936-1996)、リチャード・セイラー(1945-)が、バイアスの一つとして、つきとめた保有効果を、販売戦略に組み込むことは、競争優位を築き収益を高めるための戦術の一つになります。 イトーヨーカドーでは、2008年のリーマンショックで購買力が低下した環境で、現金下取りセールを実施しました。 5,000円以上の衣料品を購入すると、着なくなった服を1点1,000円で下取りするキャンペーンです。 多くの家庭には、「将来着るかもしれない」という理由で保管されている流行遅れの服があります。これらの価値のない服に、1,000円という金銭的価値を持たせることで、お客様の心には、そのお金で新しい服を購入したいという欲求が生まれます。 保有効果を活かした現金下取りセールは大成功し、他の大手量販紳士服チェーンも追随しました。 現在もイトーヨーカドーでは、定期的に現金下取りセールを実施し、回収した服はリサイクルされ、再利用されています。 『ほんとに自分の気に入った作品っていうのは売りたくないもんなのよ。かといって、気に入らない作品ってのはますます売りたくないでしょ』 『男はつらいよ 私の寅さん』のマドンナ 柳りつ子のセリフです。岸惠子演じる画家のりつ子は生活が苦しくても自分が気に入っている作品は、お金に代え難いと思っています。 寅次郎は、りつ子との恋に破れ旅に出て商売に励みます。その店先に、りつ子に描いて貰った自画像を飾ります。その絵には、大きく『非売品』と書いた札が貼られています。 ダニエル・カーネマン『ファスト&スロー あなたの意思はどのように決まるか? 』(早川書房) リチャード・セイラー『セイラー教授の行動経済学入門』(ダイヤモンド社)保有効果を活かした販売戦術