高い?安い?は、心の中でどう決まる?

マケの門

3分でわかる『アンカリング効果』

価格、印象。心の中の基準値はこう動く

あなたの心を覗いて見れば

人は同じ価格でも、『特別価格10,000円』という値札よりも『通常価格14,000円のところ10,000円』の値札に惹かれます。人は比較することによって物事を判断するからです。

人は、それぞれ心の中に”自分の基準値”を持っており、予め記憶されているパターンに沿って物事を認識します。“良いか?悪いか?”や“高いか?安いか?”の判断材料となるのが自分の経験から得た印象や数字です。

だから「今日は給料前だから安く早くランチを済ませることができるあの定食屋」というように、状況や予算に応じて、パッと店を選ぶことができるのです。

時には記憶が人の判断の邪魔をする

ところが人の心は不合理です。人は衝撃的な出来事に遭遇すると、その時に記憶に刻まれた印象や数字が船の錨=アンカーのように心の中に、ズッシリと係留してしまいます。人が判断を下すためには、船が出航する時のように下ろしていた錨を上げなくてはなりません。しかし数字や印象が重い錨のように動かず判断を妨げることがあります。この行動心理を、船の錨に例えて『アンカリング効果』といいます。

過去の株価にしがみつく投資家心理

株式投資をされている方は、経験がおありでしょう。下落局面では「いまは株価が800円台だけど、3か月は1,000円を付けていたから、また上昇するはず」とつい考えてしまいがちです。1,000円という株価が、いつまでも頭から離れないのです。

心の中に残っている数字

過去の株価:1,000円

現在の株価

800円

アンカリング効果

いまは株価が800円台だけど、3か月前は1,000円を付けていたから、また上昇するはず

その結果、株価が下落した後も、1,000円という高い時の株価が忘れられず、戻りを期待してしまい痛い思いをすることがあります。

反対に株価が上昇に転じて、上がり始めても、過去の安値の印象が頭にこびりついて離れず「これは一時的な現象。すぐ下がるさ」と思い、買いの決断ができず、せっかくのチャンスを逃すことがあります。

過去の株価は、その銘柄の将来を保証するわけではないのに、過去の株価を基準にして、「上がるだろう」と楽観したり「また下がるのでは」と狼狽したりして正しい判断を下せない心理が『アンカリング効果』です。

初めてユニクロの服を知った時の感動

『アンカリング効果』がポジティブな方向に働くと、人々の心にある商品の価格やイメージに対する固定観念を打ち砕き新しい市場と消費を生む爆発的破壊力を生み出します。

あなたは、ユニクロの服に初めて出会った時に、これまであなたが抱いてきたカジュアルウエアに対する価格や品質のイメージを良い意味で裏切り、驚きの低価格でおしゃれな服が買えることに、心を動かされたのではないでしょうか?

ちなみに価格破壊のイノベーションを実現したユニクロは、株価を約20年で50倍に上昇させました。

錨を上げよ!導火線に火をつけろ!

固定観念を打破した『俺のイタリアン』

2011年、『俺の』は、ミシュランの星付きレストランで経験を積んだシェフが、高品質な料理を激安価格で提供する『俺のイタリアン』で異業種からフードビジネス界に参入しました。

『俺のイタリアン』は「イタリアンの値段は高いもの」という消費者のイタリアンレストランに対する思い込みを一瞬にして打ち砕き、大ブームを起こし業界の勢力地図を塗り替えました。

1,000円の食パンが、なぜ売れるのか?

『俺のイタリアン』のブームから5年後の2016年に『俺の』が仕掛けた新たな業態が『俺のベーカリー&カフェ』です。『俺のイタリアン』の激安とは真逆の“高価格路線”です。

主力商品は1斤1,000円の食パン『銀座の食パン〜香〜』。ベーカリー界の第一人者 榎本哲(1979-)が原材料にこだわり抜いた究極の食パンです。

消費者の心には、食パンは毎日の朝食で食べる“日常食”という固定観念と150円から160円という価格に対するイメージが強力にインプットされています。

にもかかわらず『俺のベーカリー&カフェ』は連日、行列のできる大人気です。人々は、なぜ『銀座の食パン〜香〜』に普通の食パンの7倍近く高い価格を払う価値を感じるのでしょうか?

消費者のアンカー

印象:「食パンは、毎日の朝食で食べるもの」

価格:「スーパーやコンビニで150円から160円。特売の時はもっと安いのよね」

『銀座の食パン〜香〜』のコンセプト

ほのかな甘さと、ふわっふわもっちもちの食感が特徴で、みみはクッキーのような香り。贅を尽くした、ミルクの風味がしっかり感じられる1斤1,000円の究極の食パン。

消費者は必ずしも価格を基準にしないからです。

「高級そう」「美味しそう」「『俺の』のパンだからこだわりがありそう」という最初の印象が価格を忘れさせ、この印象を意思決定の基準にします。

価格に代わる価値というアンカー

数量限定という希少性

銀座、恵比寿、自由が丘、用賀という出店エリア

雰囲気のよいイートインスペース

おしゃれなショッピングバッグ

希少性のあるパンを入手するプレミアム感や店のおしゃれな空間が人の心に刺さります。

さらに『銀座の食パン〜香〜』を「ちょっとしたお土産にもできますよ」とギフトという新しいニーズを提唱し、新たな需要を生み出しました。

心を動かす“体験価値”というアンカー

『俺のベーカリー』は、人々が、ちょっと贅沢な気分を味わいたい時に、普段食べている食パンの価格に、少し金額をプラスするだけで、“上質な体験ができる”という価値を創出し、「プチ贅沢志向」を満たすことに成功します。

『俺のべーカリー&カフェ』の戦略は、心理学者 ダン・アリエリー(1967-)がベストセラー『合理的に不合理』の中で紹介したスターバックスコーヒーの『アンカリング効果』を用いたマーケティング戦略と同じ手法です。

スターバックスコーヒーは、価格という数字ではなく店内の雰囲気などの情緒的価値をアンカーにして、他店と比べて2倍以上高い価格のコーヒーを売ることに成功して世界に28,000店という一大チェーンを築きました。

中小企業は価格競争で大企業には勝てません。『アンカリング効果』は、価格競争からの脱却を図る切り札としても使えます。いかに消費者が魅力を感じる新しいアンカー=判断基準を用意できるかが成功のためのポイントです。

そのヒントが、俺のベーカリーとスターバックスコーヒーの成功の中にあります。

参考資料
 

ダン・アリエリー『予想どおりに不合理: 行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」』(早川書房)

リチャード・セイラー『実践 行動経済学』(日経BP社)

リチャード・セイラー『行動経済学の逆襲』(早川書房)

松本健太郎『人は悪魔に熱狂する 悪と欲望の行動経済学』(毎日新橋出版)

坂本孝『俺のイタリアン、俺のフレンチ―ぶっちぎりで勝つ競争優位性のつくり方 』(商業界)

消費者庁『消費者政策における行動洞察の活用』