「私は絶対に損をしたくない」人の心を掻き乱す『損失回避の法則』

マケの門

「絶対に損をしたくない」という欲求

心の中での損得勘定

人は誰しも「絶対に損はしたくない」という心理的欲求を持っています。

1979年、イスラエルの心理学者 ダニエル・カーネマン(1934-)とエイモス・トベルスキー(1936-1996)が、『プロペスト理論』を発表し、人間は”利得する喜びよりも損失を大きく嫌う”ことを立証しました。2002年にダニエル・カーネマンは、この功績によりノーベル経済学賞を授賞しました。

『プロスペクト理論』を語る上で欠くことができないのが、2人が研究過程で行った「コイン投げ」のエピソードです。

カーネマンとトベルスキーは研究実験に参加した人々に2つの選択肢を与えます。

A あなたにコインを投げなくても無条件で1,000ドル差し上げます

B あなたがコインを投げて表が出たら2,000ドル差し上げます

コインを投げるというリスクを冒せば50%の確率で倍の2,000ドルが貰えます。しかしコインを投げ、倍の”利得”を得ようとする人はごく稀です。大多数の人は、何もしないで絶対確実に1,000ドルを貰えるAを選びました。

確実に得をする時はリスクを回避

大多数の人は、何もしないで絶対確実に1,000ドルを貰えるAを選ぶ

では、”損失”を背負っている場合は、どうでしょうか?“あなたは2,000ドルの借金を背負っている”という前提での選択肢です。

A コイン投げをして、表が出たら2,000ドルの借金は帳消しになります。裏が出たら2,000ドルの借金は据え置きです。

B コイン投げに参加しなければ無条件で半分の1,000ドルだけ借金を帳消しにします。

多くの人がコイン投げに挑戦するAを選択しました。人は50%の確率で借金を0にできるチャンスに賭け、リスクを冒してでも借金を帳消しにしようとするのです。

損失がある状態ではリスクを取る

大多数の人は50%の確率で借金を0にできるチャンスに賭ける

人は確実に”利得“を得られる時はリスクを回避し、”損失“がある状態ではリスクを取ります。この行動心理が『プロスペクト理論』の中の『損失回避の法則』です。

損失回避の法則とは

確実に得をする時はリスクを回避し、損失がある状態では損失を回避するためにリスクを取る行動心理

戻らないコストに翻弄される人間心理

人は、既に支払った取り戻すことができないコストに強い損失を感じます。

あなたは、こんな経験はないでしょうか?

AmazonPrimeで購入した映画を、途中まで観て「作品のチョイスを失敗したな」と感じても月額500円と、つまらない映画に耐えてきた時間が頭に浮かびます。「後半は面白くなるかも」とか「今月ほとんど利用していないから」と最後まで観てしまいます。

すぐに映画を観るのをやめて、他のことをすれば有意義な時間を過ごせます。その方が“利得”のはずです。しかし大多数の人は、映画を観るために費やした金銭と時間という取り戻すことができないコストが頭を離れず「ここで観るのをやめると損をする」という判断を下します。この心理行動を『サンクコスト効果』といいます。

サンクコスト効果

既に支払った回収不能のコストに対し強い損失感を感じ、合理的な判断ができなくなってしまう心理効果

“食べ放題”と“送料無料”の誘惑

大人気の『食べ放題』では「せっかく『食べ放題』に来たのだから損をしたくない!」という心理が働きます。

3,000円食べ放題!お得なランチビュッフェ

店からすれば、ビュッフェ方式の『食べ放題』は、日によって注文の予測がつかないアラカルトメニューと異なり、店側で出すメニューを決めるため、食材の仕入れコストを安く調達できます。料理をテーブルに運ぶのもお客さんですから人件費も削減できます。お客さんに「元を取るぞ!」と張り切って食べて貰えれば、それだけ廃棄ロスを防げます。実は『食べ放題』は店にとって“利得”が多いのです。

『食べ放題』で元を取るのは至難の技です。「元を取らねば!」と、度を越して食べれば”健康を損ねる”という大きな損をしてしまいます。しかし“腹八分目”で満足しないのが人の心です。

3点以上、お買い上げで送料無料

ネットショッピングをする時に、多くの人が意識するコストが送料です。

人は送料を支払うことに負担を感じるため『送料無料』に惹かれます。たとえ欲しい商品が2点であっても、『送料無料』という特典を「使わなくちゃ損だ!」と感じるのです。

欲しい商品を2点購入して正規の送料を支払った方が安く上がるのに、『送料無料』にしたいがために、「もう1点買わねば」と余計な物を買い、支払う金額を自分で釣り上げる何とも不合理な行動を取ります。

このように「絶対に損をしたくない」という消費者の心を購買へと誘導する手法は、販促のさまざまな場面で活用されています。

参考資料
 

ダニエル・カーネマン『ファスト&スロー あなたの意思はどのように決まるか? 』(早川書房)

リチャード・セイラー『実践 行動経済学』(早川書房)

ミシェル・バデリー『エッセンシャル版行動経済学』(早川書房)