得したい! だけど誰もが 損をする〜プロスペクト理論〜

失う痛みは得る喜びより重い! という事実

損失の心理的重要性

行動経済学の先駆者 ダニエル・カーネマン(1934-2024)とエイモス・トヴェルスキー(1936-1996)が1979年に発表したプロスペクト理論は、得をしたときの喜びと損をしたときの苦痛の心理的な差異を証明しています。

この理論によれば、損失を受けたときの苦痛は、得をしたときの喜びよりも2倍から2.5倍(平均2.25倍)も重くのしかかります。

『プロスペクト理論』とは?

人は得をした時の喜びより損をした時の痛みを重く感じる本能を、経済学と心理学の視点から、人には損失を取り戻そうとして、かえって損失を背負い込む行動心理があることを立証した

さて、マーケティングの世界的権威 フィリップ・コトラー(1931-)は、マーケティングとともに歩んだ半生を綴った『私の履歴書』の中で、次のように述べています。

行動経済学はマーケティングの別称に過ぎない

行動経済学の広い研究領域の中でも人の意思決定に大きな影響を与えるプロスペクト理論は、特にマーケティングと密接に結びついています。

人の心が招く損失

プロスペクト理論の中で、マーケティングに応用されるのが、すでに支払ったコストを取り戻そうとして、逆に損失を増加させるサンクコスト効果です。

『サンクコスト効果』とは?

時間や費用など回収不能のコストを取り戻そうとして判断を誤り、かえって損失を背負い込む行動現象

人は、振込手数料や送料、投入した時間など、避けられないコストに対して非常に強い損失感情を抱きがちです。

送料無料キャンペーンも、このサンクコスト効果を利用しています。消費者は「送料を払うのはだ!」という感情に惹かれて、合理性を超えた買い物に誘導されることがあります。

実際、経済的に合理的な選択は欲しい商品だけを購入し、送料を支払うことですが、特典に誘発されて、かえって購入金額が増えてしまうことがよくあります。

ただし、いま送料無料キャンペーンが物流業界に懸念を引き起こしています。物流業界は、消費者が物流コストを考慮しなくなる可能性に不安を抱いており、そのために消費者庁が是正策を検討中であるという情報が伝えられています。

コラム ジョブズの叡智

アップルの創業者、スティーヴ・ジョブズは生前「安全にやろうと思うのは一番危険な落とし穴なんだ。価値のあるものを得るためには、相応のリスクが必要。安全ばかり考えていると何も得られない危険があるのだ」と語っています。

ジョブズの言葉には深い教訓があります。確かにリスクを冒すことは不安定な面もありますが、挑戦しないことが最も危険なのかもしれません。

参考文献
  • ダニエル・カーネマン『NOISE 』(早川書房)
  • ダニエル・カーネマン『ファスト&スロー あなたの意思はどのように決まるか? 』(早川書房)
  • 大竹文雄『行動経済学の使い方』(岩波書店)
  • リチャード・セイラー キャス・サンティーン『実践行動経済学 完全版』(日経BP社)