愛宕神社と桜田門外の変 愛宕1丁目

井伊直弼(1815-1860)

愛宕神社と桜田門外の変

1860年3月3日、午前8時過ぎ、降りしきる雪の中を登城中の大老 井伊直弼一行は18人の水戸浪士の襲撃を受けます。

「開国か?攘夷か?」という激動の時代に井伊直弼は開国を主張し、朝廷の詔勅を得ず日米修好通商条約に調印します。同時に国内の反対勢力を粛正する「安政の大獄」を断行しました。こうした井伊直弼の強引な政治手法に反感が高まります。

暗殺当日の朝、水戸浪士たちは、徳川家康が建立した愛宕神社で“本懐成就”の祈願をし一路、桜田門へと向かいます。

桜田門外の変を端緒に徳川政権は揺らぎます。1867年10月14日、徳川慶喜(1837-1913)は大政奉還を朝廷に表明し、1868年1月3日、王政復古の大号令により明治政府が樹立されます。

愛宕神社は、江戸城を無血開城に導いた場所としても知られています。1868年3月13日、この地で幕府方の勝海舟(1823-1899)と新政府方の西郷隆盛(1821-1877)が「江戸の町を戦火で包むことは避けよう」と話し合い、江戸城の無血開城を決断します。

開国の英断を下した井伊直弼が凶刃に倒れた桜田門外の変から100年後の1960年。1853年の黒船来航に始まった日米関係は太平洋戦争を経て、さらに強化されます。世論を二分した激しい安保闘争の末、時の首相岸信介(1896-1987)は、1960年1月19日、日米安全保障条約に調印しました。

直弼の生涯を描いた大河ドラマ第1作『花の生涯』

日米安全保障条約の発効でスタートした60年代は、高度経済成長の入口でもあります。人々の暮らしは豊かになりテレビが普及します。テレビの普及に伴い番組の充実が求められました。

テレビが“電気紙芝居”と軽視されていた時代に“映画に負けない作品”を目指し企画された番組が1963年に制作60周年を迎えるNHKの「大河ドラマ」です。

「大河ドラマ」第1作が、井伊直弼の生涯を描いた『花の生涯』です。井伊直弼を二代目尾上松緑(1913-1989)、家臣の長野主膳を佐田啓二(1926-1964)が演じます。当時、歌舞伎界の重鎮や映画界の人気スターがテレビに出演することは異例のことでした。

クライマックスの「桜田門外の変」は、スタッフの粘り強い交渉の末、京都・太秦の東映撮影所の「東映城」のオープンセットを借りて撮影が行われました。

映画にとってテレビは敵対するメディアであり、映画の撮影所にテレビカメラが入ることは常識では考えられない時代です。

スタッフの情熱に心を打たれた東映の映画人も撮影に協力します。「桜田門外の変」が登場する第37回『君消ゆる』(1963年12月15日)は30%を超える高視聴率を記録しました。『花の生涯』の成功を機に、「大河ドラマ」は毎年、制作されドラマ史に残る数多くの名作が生まれます。

愛宕神社の隣には、1925年、日本初のラジオ放送が行われた東京放送局の跡地に建つNHK放送博物館があります。放送の始まりから大河ドラマをはじめ紅白歌合戦、朝の連続テレビ小説などテレビ史に残る資料が展示されています。

「井伊の赤備え」と大河ドラマ

「井伊の赤備え」は武勇を誇る名門井伊家の象徴です。井伊家は初代井伊直政(1562-1602)から15代直弼までの間に4名の大老を輩出しています。

「井伊の赤備え」とは、甲冑などの武具を赤色で整えた精鋭部隊です。武田家滅亡後に、信玄が擁した戦国最強の騎馬軍団「赤備え」を支えた山県昌景(1524-1575)の遺臣を、彦根藩の藩祖 井伊直政が召抱えたことが「井伊の赤備え」の起源です。

1988年の『武田信玄』では、『花の生涯』の放映後、若くして世を去った佐田啓二の長男中井貴一(1961-)が主役の武田信玄(1521-1573)役を務めました。山県昌景には1977年の『花神』では「安政の大獄」で井伊直弼に処刑される吉田松陰(1839-1859)を熱演した篠田三郎(1948-)がキャスティングされています。

2017年の柴咲コウ(1981-)主演の『おんな城主 直虎』では、関ヶ原の戦い(1600)で「赤備え部隊」を率い奮闘し、徳川四天王の一人に数えられた井伊直政を養育した井伊直虎(生年不詳〜1582)の生涯が描かれています。

愛宕神社の“出世の石段”

愛宕神社にも“武勇”を伝える逸話があります。参道に向かう石段は、講談「寛永三馬術 出世の春駒」でお馴染みの曲垣平九郎(生没年不詳)にちなみ“出世の石段”の名で知られています。

3代将軍徳川家光(1604-1651)が、急勾配の坂の頂上に咲く梅を「騎馬で取りに参れ」と命じます。家臣一同が躊躇する中、傾斜角度約40度の石段を、無名の丸亀藩士曲垣平九郎が馬で駆け登り山頂に咲く梅を家光に献上し、“馬術の名手”として、その名を轟かせ出世したことが由来です。

愛宕神社には曲垣平九郎にあやかり、出世運・仕事運の上昇を祈願する人々が参拝に訪れます。隔年(2020年はコロナ禍のため中止)ごとに地元の有志が神輿を担いで石段を登る勇壮な愛宕神社例大祭「出世の石段祭り」が行われます。

参考資料
 

一坂太郎『暗殺の幕末維新史』(中央公論新社)

春日太一『大河ドラマの黄金時代』(NHK出版)

山田風太郎『人間臨終図鑑』(徳間書店)

山田風太郎『明治かげろう伝』(小学館)

山田風太郎『笊ノ目万兵衛門外へ』(河出書房新社)

筒井康隆『将軍が目覚めた夜』(新潮社)

港区産業・地域振興支援部『港区歴史観光ガイドブック』(港区)