平和を繋いだ100年
1868年の「江戸無血開城」から1968年のお茶の間を彩った「特撮ヒーロー」へ。
一見、何の関係もないように思える幕末の英雄 勝海舟と特撮の神様 円谷英二ですが、その足跡は赤坂という地、そして平和を願う心で強く結ばれています。
赤坂に生きた勝海舟と、皮肉な時代の奔流
赤坂で晩年を過ごした勝海舟は、「江戸の町を火の海にしてはならない」と、西郷隆盛との交渉の末に江戸城無血開城を実現させた平和の立役者です。
| 最大の功績 | 1868年、江戸城無血開城により100万人の命を救う。 |
| 未来への布石 | 海軍操練所を設立し、近代日本の基礎となる人材を育成。 |
| 晩年の願い | 「これでおしまい」の言葉と共に、平和な国家を夢見た。 |
海舟の願いとは裏腹に、日本は軍国主義の道を歩み始めます。勝海舟が育てた海軍は、世界を相手に戦うことになるのです。

円谷英二の特撮技術が描いた「戦争」と「平和」
海舟が世を去った2年後、奇しくも戊辰戦争の激戦地であった福島県須賀川に、円谷英二が誕生しました。
円谷は若くして映画界に入り、特撮(特殊撮影)に情熱を注ぎます。戦時中は国策映画『ハワイ・マレー沖海戦』に携わり、本物と見紛う精巧なミニチュアで人々を驚かせました。しかし、それは海舟が望まぬ形へと発展した軍国日本の姿を映し出すことでもありました。
戦後、円谷は、その技術を平和への祈りへ転換させます。1954年、本多猪四郎監督とのコンビで映画『ゴジラ』を発表。怪獣を通して、戦争と核の悲惨さを世界に訴えたのです。
映画産業に陰りが見え始めると、円谷は赤坂のTBSに拠点を移します。『ウルトラマン』は、「空想の力」で子供たちの夢へと掻き立てます。
- 1966年: 『ウルトラQ』『ウルトラマン』放送開始。最高視聴率42.8%を記録。
- 1967年: 今上天皇(当時は浩宮さま)が、初めてのお買い物で『図解怪獣図鑑』をお買い上げ。
明治から100年。軍国の象徴であった皇室の新世代が、円谷の生んだ怪獣に親しむ。勝海舟が100年前に夢見た、本当の意味での平和な時代が訪れた瞬間です。
勝海舟と円谷英二。2人には共通するものがあります。
平和の実現と未来への希望です。海舟が日本を平和に導くために尽力したように、円谷も特撮を通じて戦争の恐怖と平和の尊さを表現しました。
2人の足跡は、偶然にも同じ赤坂に交わり、その情熱は、今も平和な日常の中に息づいています。


【勝海舟邸跡】港区赤坂6-10-41
【TBS放送センター】都港区赤坂5-3-6
◯最寄り駅はすべて 東京メトロ千代田線「赤坂駅」

