日本人の暮らしを変えたカリスマ編集者 花森安治

花森安治(1911-1978)

『暮らしの手帖』創刊者、グラフィックデザイナー、コピーライター

国民雑誌『暮らしの手帖』創刊

「もっと良い暮らしがしたい!」そんな人々の願いを叶えるために、1948年に生まれた国民的雑誌があります。その名も『暮しの手帖』。

花森安治さんと大橋鎭子さんという2人の情熱家によって創刊されたこの雑誌は、新しいライフスタイルを提案したり、おしゃれなデザインを届けたりして、あっという間にみんなの人気者になりました。

中でも『暮しの手帖』の顔として知られているのが商品テストです。同じ種類の商品を徹底的に比べて、「どれが良い商品なのか」を正直に伝えるこの企画は、消費者が賢く買い物をするための心強い味方でした。

「商品テスト」は誰のため?

「商品テスト」って消費者のために、良い商品を教えてくれるものだと思っていませんか?

実は、創刊から10年後の1969年に出た記念すべき100号で、花森安治さん自身がそのスタート時の本当の目的を明かしています。

商品テストは消費者のためにあるのではない。

暮しの手帖 第100号

「えっ、ーどういうこと!?」って思いますよね。

花森さんが本当に目指していたのは、私たち消費者に「これがいいよ!」と教えてあげるだけでなく、もっと根本的なことでした。

それは、「企業に、もっと良い商品を作ってもらうこと」だったんです。花森さんはこんな風に考えていました。

メーカーが、役にもたたない品、要りもしない品、すぐこわれる品、毒になる品を作らなければ、そういうものを問屋や小売店が、デパートやスーパーマーケットが売りさえしなければ、それで事はすむのである

〜中略〜

なにも賢い消費者でなくとも、店にならんでいるのが、ちゃんとした品質と性能を持っているものばかりなら、あとは、じぶんのふところや趣味と相談して、買うか買わないかを決めればよいのである。

暮しの手帖 第100号

花森と大橋の情熱

「商品テスト」は、社会現象を巻き起こしました。この企画で「これは素晴らしい!」と評価された商品は飛ぶように売れ、逆に「これはダメだ!」と酷評された商品は、誰も見向きもしませんでした。

花森さんは、自分自身で商品を徹底的に使い込み、地道にデータを集めるという、ものすごく厳しい、そして公平なテストを貫きました。

しかも、企業からの圧力がかからないように、雑誌に広告を一切載せないという編集方針を守り通します。

花森さんと大橋さんの並々ならぬ情熱と努力が、多くのメーカーを動かすことに成功します。

その結果、商品の改良が進んだり、新しい商品がどんどん生まれたりしていきました。

特にすごいのが、1972年のスチームアイロンのテストです。なんと、それまで品質が良いとされていたアメリカ製品を差し置いて、日本の製品が「最高の品質」と評価されたんです。

日本のメーカーがコツコツと改良を重ね、品質管理に力を入れた結果「メイドインジャパン」という言葉が、世界に誇れる高品質の証として羽ばたいていったのです。

稀代の名編集者

1978年1月14日、『暮しの手帖』の顔であり、カリスマ編集者だった花森安治さんは、この世を去りました。

創刊から30年間、表紙のイラストから記事の執筆、雑誌のレイアウトまですべて自分で手がけ、この雑誌をなんと100万部という大ヒット誌に育て上げたのです。

花森安治さんと『暮しの手帖』が、日本の消費文化に与えた影響は、本当に計り知れません。

彼の考え方は、消費者の視点だけでなく、商品を作るメーカーやそれを売るお店の立場も理解したものでした。

だからこそ、今でも『花森の精神』は、多くの人に受け継がれ生き続けているのです。

「ただ売れればいい」のではなく「本当に良いものを届けたい」。そんな花森さんの情熱が詰まった『暮しの手帖』。機会があれば、一度手に取ってみてはいかがでしょうか?

参考文献
  • 花森安治『灯りをともす言葉』(河出書房新社)
  • 酒井寛『花森安治の仕事』(暮らしの手帖社)
  • 津野梅太郎『評伝花森安治』(新潮社)
  • 山田風太郎『人間臨終図鑑』(徳間書店)