“だるま”と“花のピカソ”の赤坂 小散歩

草月会館 是清

生涯を国家の安定に尽くし命を賭けて戦争を阻止しようとした“だるま”高橋是清(1854-1936)。その生涯をあらゆる芸術のジャンルを越境して美を極めることに捧げた“花のピカソ”勅使河原蒼風(1900-1979)。

道は違えど常識や既成概念に捉われず前進を続けた2人の巨人。東京メトロ銀座線 青山1丁目駅から赤坂方向に歩いて5分の青山通り沿いに、2人が隣り合うスポットがあります。

『高橋是清翁記念公園』
  高橋是清が、1902年から1936年の「226事件」で暗殺されるまで暮らした邸宅の跡は、現在『高橋是清翁記念公園』として残されています。

青山通りを挟んで赤坂御所と向かい合う公園は、中央の池が印象的な日本庭園です。

『草月会館』
 草月流の創始者 勅使河原蒼風が、“いけばな”のみならず、さまざまなアートの発信拠点を目指して1958年に、この地に建てました。

草月流の歴史は、来たる2027年に100年を迎えます。

“だるま”の愛称で国民から愛された高橋是清

時は1927年に遡ります。激動の昭和は金融恐慌で幕を開けました。各地の銀行で取り付け騒ぎが起こる中、高橋是清は3度目の蔵相に就任します。全国の銀行を一斉休業させ、手形決済や預金の払い戻しを猶予するモラトリアムを実施します。さらに片面だけを刷った200円札を銀行の店頭に積み預金者を安心させます。数々の修羅場を乗り越えてきた是清ならではの施策です。是清は通算7期におよぶ蔵相在任時に、円安誘導策や日本で初めて赤字国債を発行するなど前列にとらわれない政策で日本を経済危機から救います。

昭和恐慌という未曾有の危機に直面した時、高橋是清は73歳でした。是清は“だるま”の愛称そのままに、七転び八起きの波乱に満ちた人生を送りました。是清は1867年にアメリカに留学します。手違いから奴隷に売られますが、苦労の末に帰国します。帰国した是清を日本で待っていたのは、明治という新しい時代でした。是清は官僚として活躍しますが1889年には官僚というキャリアを捨て、南米ペルーに渡り銀山開発に取り組みますが夢は潰え無一文で帰国します。帰国後、日本銀行に入行し、日露戦争の戦費調達で辣腕を振るい、1911年に日銀総裁に就任します。後に政界に身を投じ、総理大臣、大蔵大臣を務めます。

1935年、経済を安定させた是清はインフレを防ぐために歳出削減を推し進めようとします。是清の目は突出する軍事費に向けられます。11月末の予算閣議で「国家の健全財政あっての国防」と軍部を説得し自らの信念を貫きます。しかし3カ月後の1936年2月26日の「226事件」で”だるま“の愛称で国民から愛された高橋是清は、陸軍青年将校の凶弾に倒れます。高橋是清といえば、2019年の大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺~』で高橋是清を演じた萩原健一(1950-2019)の渾身の演技が記憶に残ります。ちなみに萩原健一は五社英雄(1929-1992)監督のヒット映画『226』では叛乱将校のリーダーを演じています。

“花のピカソ“と世界で賞賛された勅使河原蒼風

高橋是清が昭和恐慌の収束に向けて奔走する中、街にはモガとモボが溢れ前衛的な新しい文化が開花します。1927年に勅使河原蒼風は、伝統的な“いけばな”に訣別して、青山で『草月流』を旗揚げします。この年は後にアートの旗手として活躍する長男で3代目家元となる勅使河原宏(1927-2001)が誕生した年でもあります。蒼風は、翌1928年に「第1回草月流展」を開催し一躍注目を集めます。NHKラジオの『家庭講座』でのいけばな講座は『草月流』が広く知られるきっかけになります。1930年「新興いけばな宣言」を打ち出しますが戦争が激化し活動は中断します。戦争が終わり活動を再開した蒼風は、枯れ木や石や鉄材などを“いけばな”に用います。蒼風は、異端児と言われても“いけばな”の革新に邁進します。

蒼風は海外に進出し個展を成功させ、草月会館のエントランスの石庭『天国』を作庭したイサム・ノグチ(1904-1988)やサルバドール・ダリ(1904-1989)、アンディ・ウォーホール(1928-1987)らと親交を深めます。“いけばな”を世界的な文化に高めた蒼風は“花のピカソ”と評され、その旺盛な活動は“いけばな”に留まらず、彫刻、絵画、書と幅広い創作を最晩年まで続けます。

1958年、会員の拡大に伴い草月流の拠点 草月会館を赤坂に建設し“いけばな”の追求を続けます。同時に「草月アートセンター」を発足させ蒼風の長男 勅使河原宏が中心的役割を担います。勅使河原宏は、映画監督として活躍し1964年の映画『砂の女』で日本人としては初めてアカデミー賞監督賞にノミネートされます。世界的音楽家 武満徹(1930-1996)は、スタジオに籠り、日本映画界の巨匠 小林正樹(1916-1996)の大作映画『怪談』(1964年)で和楽器とテクノロジーを融合させた音楽と映画全体の音響を設計します。「草月アートセンター」は60年代に現代音楽、映画、アニメーション、演劇など幅広いジャンルの“アートの震源地”となりました。

現在の建物は、1977年に旧草月会館を手掛けた丹下健三(1913-2005)の設計により建て替えられました。ミラーガラスに覆われた外観は、隣接する高橋是清翁記念公園の緑と見事に調和しています。高橋是清翁記念公園では草月流とのコラボレーションで、さまざまなイベントが定期的に開催されています。

参考文献
 

幸田真音『天佑なり 高橋是清・百年前の日本国債』(角川書店)

小笠原清、梶山弘子『映画監督小林正樹』(岩波書店)

友田義行『戦後前衛映画と文学: 安部公房×勅使河原宏』(人文書院) 

山田風太郎『人間臨終図鑑』(徳間書店)