虎ノ門事件と正力松太郎 虎ノ門交差点

虎ノ門交差点

正力松太郎(1885〜1969)

1923(大正12)年12月27日、摂政宮であった昭和天皇が帝国議会開院式に向かう途中、虎ノ門交差点で無政府主義者 難波大助に狙撃されます。

時の山本権兵衛内閣は総辞職。警備責任者、正力松太郎(1885-1969)も引責辞職し新聞界に転身。翌年、38歳で読売新聞社長となった松太郎は、わずか発行部数4万部足らずの弱小新聞を立て直し、世界最大の部数を誇る新聞社に再生します。

讀賣巨人軍を創設し日本にプロ野球を定着させ、戦後、街頭にテレビを設置し、テレビの普及に尽力します。大衆のニーズを常にキャッチし共感を呼ぶマーケティング手法で、日本のマスメディアを根付かせました。

参考図書
山田風太郎『人間臨終図鑑』(徳間書店)
有馬哲夫『原発・正力・CIA』(新潮社)
読売新聞ホームページ『読売新聞へようこそ』

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