明智探偵事務所 六本木7丁目(旧:麻布龍土町)

江戸川乱歩(1894-1965)作家

乱歩が暮らした港区の街

江戸川乱歩は、さまざまな職業を経て1923年、日本最初の本格探偵小説といわれる作品『二銭銅貨』を発表します。明智小五郎が登場する『D坂の殺人事件』や『屋根裏の散歩者』、『陰獣』で人気作家としての地位を確立します。

その間、乱歩は46回にも及ぶ引っ越しを繰り返します。乱歩は、何度か港区に暮らし、その作品世界に多大な影響を及ぼしています。

1912年に上京した乱歩は麻布一の橋で暮らします。 1933年から1934年まで芝区車町(現:港区高輪2丁目)で作家活動と並行し下宿屋を営みます。1934年、乱歩は家を飛び出して長編小説『悪霊』(未完)の執筆に行き詰まり、麻布の「張ホテル」に滞在します。そして同年に、池袋の「江戸川乱歩邸」としてに転居します。

魔都・東京の乱歩ワールド

昭和初期の六本木は、寂しい屋敷町でした。夜は漆黒の闇の世界です。乱歩が作品に好んで登場させる変装術、催眠術、蝋人形などの小道具、定番のトラップである落とし穴や天井落ちにふさわしい舞台です。

明智小五郎は「吸血鬼」の事件の後、開花アパートの独身住いを引き払って、麻布区竜土町に、もと彼の女助手であった文代さんという美しい人と、新婚の家庭を構えていた。その家庭が同時に探偵事務所でもあった。 

1933年の『人間豹』から、明智小五郎は麻布区龍土町に「明智探偵事務所」を構えます。

低い御影石の門柱に「明智探偵事務所」と、ごく小さな真鍮の看板。その先にはがかかっている。そこをはいって、ナツメの植え込みに縁とられた敷石道を一と曲がりすると、小じんまりした白い西洋館・・

と、描写されています。

1936年に発表した『怪人二十面相』は、子供たちの人気を得ます。少年向けの作品は、26作品が書かれ、日本の児童書史上最大のヒット作となります。

明智小五郎の住宅は、港区竜土町の閑静なやしき町にありました。名探偵は、まだ若くて美しい文代夫人と、助手の小林少年と、お手伝いさんひとりの、質素な暮らしをしているのでした。

明智小五郎と少年探偵団のメンバーは、麻布、青山、六本木の街に怪人二十面相が出没するたびに、犯行現場に駆け付けます。

1962年の『超人ニコラ』まで明智小五郎&少年探偵団と怪人二十面相との戦いが続きます。江戸川乱歩にとっても少年探偵団シリーズの『超人ニコラ』が最後の作品です。

探偵小説40年 愛され続ける乱歩

乱歩の創作活動は、『二銭銅貨』から『超人ニコラ』まで40年続きました。その間1947年、探偵作家クラブ(現:日本推理作家協会)の初代会長に就任します。1954年には「江戸川乱歩賞」を創設し、1957年からは雑誌「宝石」の編集に携わり新人作家の発掘と育成に力を注ぎ、1965年7月28日に探偵小説一筋の生涯を閉じます。

江戸川乱歩とともに日本の探偵小説を牽引した横溝正史(1902-1981)はエッセイの中で乱歩の死を悼みます。

乱歩さんの生命なり人気なりは、永遠にして不滅やろうなぁ。この人はまたいつか大衆の中に蘇ってくるやろうなぁ

六本木ヒルズ、東京ミッドタウン、国立新美術館や高層マンションが立ち並び街は大きく変化しましたが、横溝正史の言葉どおりに江戸川乱歩は時代を超えて大衆に愛され続けています。

ポプラ社の「少年探偵シリーズ」は小学校の図書室に常備され“子供たちのバイブル”として愛されます。1977年から1985年に放映されたドラマ「江戸川乱歩の美女シリーズ」は天知茂(1931ー1985)が明智小五郎を演じ、2時間ドラマの人気シリーズとなりました。『人間椅子』、『パノラマ島奇談』など江戸川乱歩にしか書き得ない妖しい世界と人間心理の深淵は、没後55年を経た今日でも多くの読者を魅了しています。

参考資料
 

江戸川乱歩『怪人二十面相』(岩波書店)

江戸川乱歩『人間豹』(春陽堂)

中川右介『江戸川乱歩と横溝正史』(集英社)

奈落一騎『江戸川乱歩語辞典』(誠文堂新光社)