“財界総理”石坂泰三の慧眼 「新時代の夜明けを開くマーケティング」

石坂泰三

日本の繁栄に貢献した石坂泰三

経団連会長として4期12年に渡り辣腕を振るい”財界総理”と謳われ政界にも影響力を及ぼす存在となった石坂泰三。

「いいですか総理」と時には首相に意見し、蔵相には「もう君には頼まない」と啖呵を切り、官僚には「君たちはこんな税金の遣い方をしているのか!」と一喝します。

2020(令和2)年。石坂泰三が世を去り45年を迎えます。そして2度目の東京五輪開催の年でもあります。

1964(昭和39)年の東京五輪では、石坂泰三は東京五輪資金財団会長に就任し、資金面を強力にサポートしました。

1970(昭和45)年に開催された大阪万博の万博協会会長の役職を81歳で引き受けます。著しい発展を遂げた日本を世界に発信する自らのキャリアの集大成です。

「成長した日本経済の姿を国の内外に堂々と展示したい」という一念で、開催日厳守、事故防止、汚職根絶、赤字を出さないの4つをモットーに奔走します。

建設業界の談合体質にメスを入れ、シンボルマークも「インテリだけがわかるものでは駄目だ。大衆性が大事なんだよ」と専門委員会のコンペ入選作にダメ出し。現行の桜のデザインに変更させます。

マーケティングの重要性を認識した“トップマネージメント視察団”の渡米から15年、石坂泰三は大阪万博を6,000万人を越える動員と200億円の黒字で成功に導きます。日本が繁栄を謳歌した裏には、“財界総理”石坂泰三の多大な功績があります。

新たなイノベーションを興すために

バブル崩壊後、「失われた20年」と呼ばれる経済の長期停滞期期から脱することができない日本。

マーケティングの神様、P・F・ドラッカー(1909-2005)は著書『実践する経営者』の中で「先が見えない時代においてはすでに起こった変化を検証するが大切である」と説いています。

いま一度、石坂泰三ら偉大な先人たちの歩んだ足跡を振り返ることが、新たなるイノベーションを興すための道標となるかもしれません。

参考資料

内閣府ホームページ(昭和31年年次経済報告 経済企画庁)
https://www5.cao.go.jp/keizai3/keizaiwp/wp-je56/wp-je56-010501.html

内閣府ホームページ(昭和42年年次経済報告 経済企画庁)
https://www5.cao.go.jp/keizai3/keizaiwp/wp-je67/wp-je67-000i1.html

内閣府ホームページ(昭和44年年次経済報告 経済企画庁)
https://www5.cao.go.jp/keizai3/keizaiwp/wp-je69/wp-je69-000i1.html

P・F・ドラッカー『実践する経営者』(ダイヤモンド社)
城山三郎『もう君には頼まない』(文藝春秋)

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