“財界総理”石坂泰三の慧眼 「新時代の夜明けを開くマーケティング」

石坂泰三

もはや戦後ではない

石坂泰三が訪米した翌年の1956年7月、経済企画庁は経済白書「日本経済の成長と近代化」を発表しました。

消費者は常にもっと多く物を買おうと心掛け、企業者は常にもっと多くを投資しようと待ち構えていた。いまや経済の回復による浮揚力はほぼ使い尽くされた
(原文ママ)
ここまで日本は、アメリカの庇護のもと民主化の道を歩み、朝鮮戦争の軍需景気にも助けられました。事実上の戦後復興の終了宣言です。
もはや戦後ではない。我々はいまや異なった事態に当面しようとしている
(原文ママ)
復興を果たした達成感と、今後の成長への不安が伺われます。
これからどのような経済成長を目指していったらいいものか?次の方向を模索します。

マーケティングは経済成長の道標

石坂泰三の慧眼により導入されたマーケティングが経済成長の道標となります。
“アメリカのような大量生産大量販売を実現するために、どのように作り、どのように売るか?”日本企業の挑戦が始まります。

「いま売っている製品を永久に売るということでは駄目で、先を見越して新製品を作ることが必要なのだ」この年、経団連の会長に就任した石坂泰三は、市場調査・製造販売・広告宣伝など一つ一つのプロセスの研究実践に取り組む企業をバックアップします。

メーカー、流通業、広告界はそれぞれの立場で、熱い情熱を傾倒し知恵を絞りマーケティングを日本に根付かせました。

アメリカ型マーケティングと日本型経営の融合

消費者にとって白黒テレビ、洗濯機、冷蔵庫は消費者にとって憧れの家電製品でした。「3種の神器」と呼ばれ新しい生活のシンボルとなります。

新製品の開発、効率的な生産方式の導入、販路開拓などマーケティングの力は消費需要を喚起しました。たゆまぬ企業努力により大量生産と低価格化を実現し「3種の神器」は著しい普及を成し遂げます。

積極的な設備への投資が、消費需要を喚起し新たな投資を呼び込むという好循環を繰り返します。1960年代半ばにはカラーテレビ、クーラー、自動車の「3C」が、次の消費のシンボルになります。

1 2 3 4

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です