「どうすればお客様に買ってもらえるか?」は、人間の心のメカニズムまで、たどらないと理解できません。
これから紹介する3冊は、データサイエンスの気鋭 松本健太郎、数理マーケティングを駆使してUSJを再建した森岡毅と今西聖貴、そして公衆衛生学と統計の権威 ハンス・ロスリングが著したベストセラーです。
彼らに共通する主張は「常識を疑え」です。
- 人は悪魔に熱狂する 悪と欲望の行動経済学
- FACTFULNESS
- FACTFULNESS
人は悪魔に熱狂する 悪と欲望の行動経済学

松本健太郎/著 毎日新聞出版、定価1,100円
「ヒット商品には必ず悪の顔がある」これが本書のテーマです。著者松本健太郎は、データサイエンティストとしてビッグデータを相手にするデータ分析のプロフェッショナルです。
著者は、膨大なデータに接するうちに、データを過信するあまり見えなくなる人間の本音である心の奥底にあるダークな悪の側面に気が付きます。この悪の部分を、本書でデータサイエンスと行動経済学の理論を使って解明しマーケティングに繋げようと試みます。
本書はマクドナルドの失敗と成功から幕を開けます。2006年、マクドナルドは、お客様の声に基づき、満を持してサラダマックを発売します。しかしほとんど売れないまま販売終了となります。
消費者は少しでも自分をよく見せたいという願望が働いて、騙すつもりのない「キレイな嘘」をつく場合さえあります。消費者のアンケートによって「ヘルシーなものが食べたい」という答えがあったとしても、消費者の真のニーズは別のところに隠されています。
松本健太郎は、消費者心理を、こう看破します。
不健康かもしれないけど、脂っこくてジューシーな高カロリーのハンバーガーをガブっと食らいつきたいのがお客様の本心だ
洞察を重ねていけば真のヒット商品が生まれると主張します。事実、サラダマックの失敗のあと、2008年に従来の2倍以上のサイズのクオーターパウンドが大ヒットします。人には“本当はメガ盛りの肉を食べたいのにサラダが欲しい”と嘘をつく心理があるのです。
「食べログ」などのランキングサイトの星の数など、他人の意見に流されやすいという人間の不合理な行動パターン福本伸行(1958-)の人気劇画『カイジ』、SDGs、AI、コロナとテレワーク、M1グランプリなど性質など豊富な事例を交えて分かりやすく紹介されています。
FACTFULNESS

ハンス・ロスリング オーラ・ロスリング アンナ・ロスリング・ロンランド/著 日経BP社、1,980円
85万部を突破し「2020年上期ベストセラー1位」に輝いた『FACTFULNESS』の著者ハンス・ロスリング(1948-2017)は、2012年のTIME誌の「世界で最も影響力のある100人のリスト」に選ばれた公衆衛生学と統計データの権威です。
コロナ禍、ロシアとウクライナの戦争と、いま世界は混沌としています。正しい行動をするためには、正しい判断をするための根拠が必要であるとハンス・ロスリングは説きます。
ロスリングは、本書の中で世界を正しく理解するためには、その道のプロである権威の意見を聞くことが大切であると説きます。コロナ禍の中、専門家の発表するデータ予測は人々の行動に影響を与えました。
マーケティングに於いても消費者の購買行動に、もっとも影響を与える要因が、「その道のプロ」つまり「権威」の意見です。専門家の推奨の声により、商品の売れ行きは大きく左右します。
本書が、この事実を証明しています。人は、新刊書の広告や帯の権威からの推薦文を見ると価値がある本だと感じます。本書には、権威の中の権威といえるこれ以上の権威は、バラク・オバマ前大統領とマイクロソフト社の総帥ビル・ゲイツという世界のリーダー2人が賛辞を寄せています。この2人の意見によって本書を手にした人も多いでしょう。
ロスリングは、こう主張します。
私は「その道のプロ」を心から尊敬している。専門家の知識に頼らなければ世界を理解できないし、専門家に聞くべきと思っている。
その一方で、「権威」に対し厳しい視線を注ぎます。
その道の『プロ』は、その道のことしか知らない。それに『プロ』とは言っても、自分の専門領域のことさえ知らない人もいる。
さらにロスリングは「権威のいうことは間違いない」と信じてしまう私たちを戒めます。
数字をひとつだけ見せられたら、必ず『それと比較できるような、ほかの数字はないんですか』と尋ねよう。
本書は、あらゆるメディアで賛否両論の声や批評が取り上げられています。
これらの声の中で、目を引いた意見が「ロスリングだって自説を正当化するために都合の良いデータを引用しているのではないか!」という意見です。
確かに本書『FACTFULNESS』に対しても、内容を事実として鵜呑みにするのではなく、懐疑的な視点を向け、さまざまな権威の意見やデータを集め、読み解く習慣を身に付けることが大切ではないでしょうか?
このことこそが、病床で命を削り、遺作として本書を著したロスリングが、私たちに託した遺志なのかもしれません。
確率思考の戦略論

森岡毅・今西聖貴著、角川書店、定価3,520円
『確率思考の戦略論』は、2016年6月に刊行と同時に大きな話題となったUSJのV字成長を成し遂げた森岡毅と、森岡毅をサポートした今西聖貴によるUSJ復活へ向けた戦略論と、具体的な数字の活用法を著した一冊です。
資本主義社会のDNAは人間の「欲」ではないかと私は考えています。
を持論とする森岡毅が注力するのは来場されるお客様のプレファランス(好意度)です。
市場構造を決定づけているDNAは消費者のプレファランスである。
森岡毅は、売上を伸ばすためには、プレファランス、認知、配荷(棚割り)の3点の向上が必要であり、特にプレファランス向上が最優先課題であると説いています。
さて本書には「M」という記号が頻繁に登場します。Mとはお客様に選ばれる確率です。1人あたりの来場(購入)回数を「M=3」「M=4」というように、お客様の来場(購入)頻度を増やす。つまり来場(購入確率)を高めるためにプレファランスを向上させる戦略が「確率思考のマーケティング」の要諦です。
USJ再建を託された森岡毅が今西聖貴とともに難解な数式で弾き出した結論は、お客様の感情に訴える体験です。リピーターを増やすために森岡毅は、ハリウッド映画にこだわらず、内外の反対を押し切りファミリー層の欲望を刺激する日本の人気アニメやゲームのアトラクションを導入します。後ろ向きに走るジェットコースターは一方でメインの映画アトラクションは、2014年にスタートした『ハリー・ポッター』の世界を再現した「ウィザーディング・ワールド・オブ・ハリー・ポッター」が集客の大きな原動力となりました。
この両輪がかみ合うことで、お客様のプレファランスが向上し「M」が増えたのです。2015年10月の来場者が約175万人に達し、単月として開業以来最高を記録しました。「東京ディズニーランドを追い抜いた」と当時、大きな話題となったことはあなたも、ご記憶でしょう。
テーマパークだけでなく、ほぼ全ての企業やカテゴリーで実践可能である。市場構造の核である顧客のプレファランスに集中し、「M」を増やす確率を上げることでビジネスは必ず好転します
と森岡毅は力説します。
「数学や数式が苦手だ」と躊躇するあなたも、数式のところを読み飛ばしても理解できます。いかにMを増やすか?、売上の伸ばすためのプレファランス・認知・配荷(棚割り)の3点の向上に触れるだけでも一読の価値があります。