後藤新平 100年後に虎ノ門で“大風呂敷”を広げる!

“マッカーサー道路”と呼ばれる幻の道路 環状2号線の「新橋 ― 虎ノ門間」が戦後から68年が経った2014年3月に開通し、開通当時大きな話題を呼びました。

環状2号線の完成を機に、2020年6月6日の日比谷線に56年ぶりの新駅「虎ノ門ヒルズ駅」開業など虎ノ門周辺は大きく変化しています。その裏側には100年前、“大風呂敷”と呼ばれた後藤新平が描いた壮大な『帝都復興計画』がありました。

『新虎通り(マッカーサー道路)』
2014年3月29日、68年の歳月を経てあの幻のマッカーサー道路が開通しました。

いまや『新虎通り』というネーミングがすっかり浸透し、都心の人気スポットとして注目を集めてされています。

56年ぶりの新駅『虎の門ヒルズ駅』
 2020年6月6日、日比谷線に56年ぶりの新駅『虎ノ門ヒルズ駅』が開業しました。

「虎ノ門ヒルズビジネスタワー」、「東京虎ノ門グローバルスクエア」に直結し、銀座線虎ノ門駅との乗り換えが可能となります。また東武線・日比谷線相互直通線に、座席指定列車「THライナー」が誕生し、さらなる利用者の利便性を図ります。座って通勤できるのは、嬉しいですね。

環状2号線と日比谷線の生みの親 後藤新平
環状2号線と地下鉄日比谷線計画の立役者が後藤新平です。後藤新平は明治から昭和初期にかけて満鉄初代総裁、外務大臣、東京市長などを務め衛生、植民地経営、都市政策の分野で活躍します。

幻のマッカーサー道路の真相

環状2号線の構想は、その立案する計画のスケールの大きさゆえに”大風呂敷”の異名を取った後藤新平(1857-1929)による「帝都復興計画」を骨格とします。当時、膨大な予算のため計画は”幻“に終わり、計画どおりに着工されたのが明治通り、昭和通り、靖国通りです。

終戦後、戦後復興を旗印に環状2号線の計画が復活します。時を同じくして連合軍最高司令官ダグラス・マッカーサー(1880-1964)が赤坂の米国大使館と東京湾を結ぶ軍用道路を計画しているという噂が世の中に広まります。

環状2号線のルートのうち虎ノ門・新橋間が僅か1.4キロの距離にもかかわらず用地買収が困難を極めます。工事の着工ができぬまま歳月が流れ、いつしか幻の“マッカーサー道路”と呼ばれるようになりました。

1989年にようやく計画が再開され、68年の歳月を経て2014年に開通しました。道路の上に建築物を建てることを可能にする“立体道路制度”を利用した自動車専用道路は「築地虎ノ門トンネル」と呼ばれ虎ノ門ヒルズの地下を貫通しています。新たに「新虎通り」と命名されたマッカーサー道路は新橋から虎ノ門ヒルズを結び道路沿いには、おしゃれなカフェやレストランが立ち並びます。

実は日比谷線も、幻の路線だった

2021年の2回目の東京オリンピックを控えた2020年6月6日に56年ぶりの新駅「虎ノ門ヒルズ駅」が開業しました。これまで虎ノ門交差点周辺には銀座線の虎ノ門駅があるのみでした。日比谷線の霞ヶ関駅、神谷町駅からだと虎ノ門までは距離がありますし、混雑が銀座線に集中してしまいます。『虎ノ門ヒルズビジネスタワー』と『東京虎ノ門グローバルスクエア』のオープンに伴い日比谷線に「虎ノ門ヒルズ駅」の開業が計画されました。

1964年の東京オリンピックに合わせて全線が開通した日比谷線は、環状2号線と同様に後藤新平による「帝都復興計画」の中の事業計画の一つです。ところが、この日比谷線も一旦計画は立ち消えとなります。時を経て高度経済成長期の1957年。32年の歳月を経て近隣都市の人口増加による混雑緩和のために、“幻の日比谷線計画”が復活したのです。輸送力増強と混雑緩和の切り札は、東西で地上を走る東武伊勢崎線と東急東横線に乗り入れる“相互直通運転運転方式”です。

参考資料
 PHP研究所編『東京メトロの秘密』(PHP研究所)